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「閾値」(しきいち / いきち)と読みます。理工系にはお馴染み。






柔らかな木漏れ日が優しい光を放つ休日の午後。

ベイブレード界の御曹司こと、火渡カイは自室で読書に耽っている最中であった。

ベイでの闘いや会社の業務に追われる生活のなかで、やっと得た久々の休日。

カイはゆっくりとした動きでコーヒーカップを手に取り、漆黒の液体を口に含んだ。

 

「……静かだな」

 

一人で静かな時間を過ごすため、休みを取ったというのに。

…あまりにも静かずぎて落ち着かない。

BBAの連中と関わるようになり、五月蠅い奴らに四六時中付き纏われているうちに、いつしかそれが日常と思うようになってしまっていたことを感じ、カイは一蹴するかのように頭を振った。

 

「ふっ…どうかしてるな」

 

まさか、この期に及んで、人恋しいなど…。

…今頃…レイは何をしているのだろうか?

愛しい者の事を考えようとしたその時、軽快な足音が近づいてきた。

トトトトト……

部屋の外から僅かに聞こえて来る、聞き慣れた鼓動。

忘れようとしても忘れられない、レイの足音。

あれほど廊下を走るなと言ったのに…。

カイはどう注意してやろうかと考えながらも、口元を綻ばせつつ、再びカップの液体を口に含んだ。

ドタドタドタドタドタドタ……

ばん!

突然、部屋のドアが勢いよく開いた。

突風のように、白い影が舞い込んでくる……。

 

「なぁカイっ、『せっぷん』ってなんだっ!?」

 

ぷぷーーっ!!

 

「うわっ、何するんだカイっ!キタナイなぁっ」

「あっ、あのなレイ……ノックもしないで飛び込んできて言うことはソレかっ!?」

「そんなこと言ったって本当の事だろう?」

「うむむ……確かに汚いことに変わりはないが」

「だろー?」

 

言いながらレイは側にあったティッシュの箱から2~3枚取り出し、俺が吹き出したコーヒーを拭き取り始めた。

しゃがんで床に落ちた汚れを拭うレイの作業をじっと眺めていると、首筋から胸元にかけて垣間見える肌がちらちらと艶めかしい誘惑を誘いかけてくる。

悟られないよう、努めて平常心を装うようにしながら、三度目のコーヒーを啜り、カップをソーサーの上へと静かに納めた。

 

「ふぅ。これでいいかな」

「あぁ、すまない」

「いえいえ、どういたしまして」

「で、今日はどうしたんだ?レイ」

「あ、そうだそうだ。カイに教えてもらいたいことがあってさ」

「ふむ。何だ?」

「『せっぷん』ってなんだ?」

「………」

「……………」

「…………………」

「………………………」

「…あ、あのなぁ……レイ、本当に知らないのか?」

「あぁ。知ってたら聞ききに来ないさっ」

「…う、うぅむ…………」

「あ、ひょっとしてカイも知らないのか?」

「馬鹿にするな、いくらなんでもその位は知っている。だが、どうしてそんな事が聞きたいんだ?」

「ああ。実はさ、さっきまでタカオ達と土いじりをしてたんだ」

「…土いじり?」

「そう。土をこう、叩いたり丸めたりして、アクセサリーとか作ってたんだ」

「……レイ、それは陶芸のことか?」

「あ、それそれ。それをやってたらさ、使う道具の中に『石粉粘土』っていうのがあったんだ」

「ふむ」

「オレ、ずっとそれを『せっぷんねんど』だと思ってたんだけどさ、キョウジュに聞いたら『いしこねんど』だって言われたんだよな」

「ほほぅ」

「そんな話をしてたらさ、マックスが『カイに”せっぷんってナニ?”って聞くとイイヨ~』って言うから聞きにきたんだ」

「…うーむ。マックスの奴め、何を考えている…?」

「さっ、教えたぞ!『せっぷん』ってなんだ?大人しくお縄につけぇ!」

「…何だそれは」

「え?テレビでそうやってたから…」

「…悪い影響受けすぎだ。暫く、テレビは禁止だな」

「えー!?そんなのズルい!…ってあぶなく誤魔化される所だった。カイ!『せっぷん』って何なんだ?」

「…うーむ」

 

どうしたものかと考えていると、レイがにわかに立ち上がった。

 

「…そうか。カイはオレに教えたくないんだな…わかった、ジンにでも聞いてみる!」

「なっ、ちょっと待てレイっ!それは駄目だ!」

「じゃぁ教えてくれるか?」

「……あぁ。いいだろう。教えてやる」

「よしっ!」

「言葉で説明するより、実際にやってみせたほうが早いだろうからな」

「うんうん」

「じゃぁ、目を瞑れ」

「ん?こうか?」

 

レイは言われるがまま、瞳を閉じて待ち続けている。

……天然か、罠か。

極限までそんなことを考えながらも、目の前で待ちわびているレイの姿に心奪われていた。

ケセラセラ、と心の中で呟きながら立ち上がり、レイの側にそっと近づくと、おもむろに唇を重ねてみる。

 

「……んっ!?」

 

暖かみと弾力に富んだレイの唇は柔らかく、そして気持ちの良いものだった。

 

「……んっ……んんぅっ……」

「?」

「……んぅっっ……んんっ……」

「??」

「…んんぅぅぅっ……ぷはぁっ!」

「ど、どうした?」

「はぁ…はぁ……だって…カイがずっと口塞ぐから…息が吸えなくて…苦しい…」

「あのな……鼻で息をすれば良いだろう」

「あ、そうか……なるほど。カイって頭いいなー」

「え?」

 

今度は気を良くしたレイの方から、唇を寄せてくる。

 

「……んっ」

 

レイも鼻で呼吸する術を会得したようで、先程よりも長いキスができるようになった。

 

「……んっ……んむぅ………」

 

だんだんと艶やかな音色を醸し出すレイ。

…このままでは、理性が保たないかもしれん。

名残惜しいが。

 

「……んはぁ……」

「……どうだ?これが『接吻』だ」

「コレが『せっぷん』かぁ……」

「そうだ。わかったか?」

「…ああ…なんとなくな」

「それは何より」

 

でも、どうしてこれが『せっぷん』なんだ?と聞いてくるレイに、接吻という字を漢字で書いてやると、中国語でも同一の表記があるらしく、全てを理解したようだった。

休みの邪魔して悪かったな、と言い立ち去ろうとしたレイだったが、ドアノブに手を掛けながら、おもむろに聞いてきた。

 

「…あのさ、カイ」

「……なんだ?」

「………また、わからなくなったら…聞きに来ていいか?」

 

 

「…ああ。わかるまで何度でも教えてやる」

 

覚悟しておけ。

 
 
 

……しかし、アホですな……。
 
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